年内50作目/月内1作目
☆4.4
<本作で得られた気付き>
・本当に鬼なのはむしろ人間なのかもしれない
久しぶりの投稿です。ネタ(映画、読書)は仕込んであったのですが、様々なイベントでしばらく休日が埋まっていたので、なかなか書けませんでした。
…。はい、言い訳ですね…。というわけで、久しぶりにいろいろ投稿できたらと思います。
で、本題。
約2時間半という上映時間にビビってしまいためらっていたのですが、あまりにも人気がすごいので「乗るしかない、このビッグウェーブに…!」ということで、観念して観に行くことにしました。
原作も読んではいたのですが、すっかり内容を忘れてしまっていたので、新たな感動がありました。
そういう経緯だったので、猗窩座は「煉獄さんを倒した悪しき相手」という認識でしかありませんでした。なので、副題の「猗窩座再来」を見ても、「再来しなくていいよ…」と思っていましたが…。
そういえば、そんな壮絶な過去があったんだよね…と再認識し、自分の浅さを反省。猗窩座、かわいそうすぎでしょ…。
もちろん、だからと言って人を殺めるのはダメですが、そうしたくなる気持ちも分からなくはありません。
猗窩座こそ悪い「鬼」として「倒さなければならない相手」でしたが、本当に「鬼」なのは付近の道場の連中など、変な欲望に突き動かされた「人間」の方なのではないか、と思わされました。
猗窩座の行き着く先は地獄以外には無いのかもしれませんが、せめて少しでも安らかなれ、と強く願わざるを得ません。
第一章の段階でロングラン上映。ここから先、どのように上映が展開されていくのかわかりませんが、引き続き続編もフィーチャーしていきたいです。
やっぱり「鬼滅の刃」、深い作品ですね。
この記事もここまでお読みいただき、ありがとうございました。
また次の記事でお会いしましょう!


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